2021年04月04日

愛する皆さま

主の御名を心よりほめたたえます。主の復活を心より喜びます。

 

この受難週、ユーチューブで讃美歌を探していて、偶然ミュージカル「ジーザス・クライスト・スーパースター」の「ゲッセマネ」という曲が目に入りました。その動画を見ながら昔を懐かしく思い出しました。会社に勤めていた時代に出張でニューヨークに行った時、ニューヨークまで来たならミュージカルを見ないわけにはいかないと思い、仕事の合間に観に行ったのです。その時見たのが「ジーザス・クライスト・スーパースター」でした。ご覧になったことがある方もいらっしゃるかもしれませんが、これはイエス・キリストの十字架の前の一週間、つまり受難週を描いたミュージカルです。当時の私はまだ名前だけのクリスチャンでしたが、そんな私が見てもショックな内容でした。ロックコンサートのような音楽や舞台照明、また現代風にアレンジした衣装、内容も私が知っていた聖書の話とちょっと違ったような気がします。あとから分かったのですが、アメリカでは初演の時に「神聖冒涜」だと教会から猛反発があり興行成績がよくなかったようです。しかしイギリスに舞台を移してから世界的に有名になったそうです。もちろんショーとしては素晴らしいものでした。

 

なぜこの話をしたかと言いますと、私がクリスチャンになってから読んだある説教集の中の例話で、1970年代からこのミュージカルでイエス様の役を演じたテッド・ニーリーという俳優のエピソードを思い出したからです。その例話によると彼はイエス様の役を完璧に演じるために十字架を背負ってゴルゴタの丘にのぼるシーンで、実際に重い十字架を背負ったそうです。彼はクリスチャンではなかったのでショーに現実味を持たせるだけのことだったそうです。しかし公演を重ねていくうちに、その十字架の重みがどんどん彼に伝わり、それは言葉ではうまく言えないけれど物理的な重みだけではなかったとマスコミとのインタビューで言ったそうです。彼にその後、信仰が与えられたかどうかは覚えていませんが、途中でしばらく舞台から離れても再びイエス様の役に戻り、なんと60歳になるまでイエス様の役を演じたそうです。そして舞台に立つ時はその重い十字架をいつも使ったそうです。

 

イエス・キリストがつけられた十字架は、信じない人には何の意味もないものです。演じる役者にとっても、ただ重たい木の棒だったかもしれません。しかし神を信じる私たちにとっては永遠の命をもたらす何より大切なものです。「ゲッセマネ」の動画を見ながら十字架の恵みを改めて考えることができました。ちなみに「ジーザス・クライスト・スーパースター」は日本でも劇団四季が公演することがあるそうですが、実は牧師としてはあまり推薦したくありません。もちろんご自分の判断におゆだねしますが。(笑)

 

『十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です』

(コリントの信徒への手紙一 1:18)

 

在主

林 尚俊

 

牧師室より トップ