2022年1月2日

愛する皆さま

主の御名を心よりほめたたえます。

 いよいよ2022年、希望の新しい年の幕が開けました。皆さんは、初日の出をご覧になりましたか。日本では昔から元日の朝は「初日の出」を見る風習があると聞きました。同じように「初日の出」の風習は韓国にもあります。韓国語では「年」のことを「ヘ」と言います。「ヘ」とは「太陽」という意味です。韓国では、なぜか昔から天文学的な次元で年を数えていました。確かに「一年」という長さは地球が太陽を一周する周期のことです。それで純粋な韓国語では「一年」のことを「一太陽」の意味で「ハンへ」と言います。つまり「年」の長さは「太陽(ヘ)」が基準になっていることを昔から知っていたようです。したがって韓国では「新年」のことを「セヘ(新太陽)」と言います。韓国では今も陰暦に基づいた旧正月を祝いますが、新しい太陽が昇る日として旧正月をとても大事にしています。今の日本の西暦のお正月と意味としては同じでしょう。

 聖書を見ると、「地の始まり」を「日の昇るところ」、そして「地の果て」を「日の沈むところ」と表現しています。このように私たち人類にとって、太陽は一番大切な神様からの賜物です。そんなわけで、私も日の出を見るのが大好きです。どこか新しいところに行くと、できる限りその地の日の出を見るようにしています。今までいろいろな国や地域で「日の出」を見ましたが、その中で一番美しくて感動的だったのは富士山の山頂で見た日の出です。ちなみにガイドさんは富士山の山頂で見る「日の出」のことを「ご来光」とも言っていましたが、後で調べてみると富士山以外でも高い山の上で見る荘厳な「日の出」のことを「ご来光」と言うそうです。 

その「ご来光」を見るために五合目から登りはじめた私は、高度が上がるにつれ、頭痛と闘いながら、ほぼ16時間かけて山の頂きに着きました。標高3776 mから見た日の出は圧巻でした。苦労して登った価値は十分にありました。雲より高い所から日の出を見るので、多少の雲は何の妨げにもなりません。静かに朝方の暗闇を裂いて昇る幻想的な日の出は、今も忘れられません。その時に近くにいた青年が、昇る太陽を見ながら神様に大声で祈っていました。祈りの内容がよく聞こえたので、彼がクリスチャンであるのが分かりました。恥ずかしながら私は彼の祈りの声に背中を押された形で、しかも小さな声で祈り始めました。というか、祈らざるを得なかったのです。なぜならその日、創造主の圧倒的な存在をこの目で確かめることができたので、神様を賛美しないという選択肢はなかったのです。

創造主であるすばらしい神様を賛美しつつ、新しい年を始めましょう。2022年もすばらしい神様を体験する一年となりますように。今年もどうぞよろしくお願いいたします。

 

わたしが主、ほかにはいない。わたしをおいて神はない。わたしはあなたに力を与えたがあなたは知らなかった。日の昇るところから日の沈むところまで人々は知るようになるわたしのほかは、むなしいものだ、と。わたしが主、ほかにはいない。

(イザヤ書 45:5~6)

 

在主 林 尚俊 

 

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