2022年01月16日

愛する皆さま

主の御名を心よりほめたたえます。

 

ヘルマン・ヘッセという作家をご存じでしょうか。『デミアン』という小説を書いた有名な作家ですね。彼は『ガラス玉演戯』などの作品が評価され、ノーベル文学賞を受賞しました。実は彼はマウルブロンの神学校で学んだこともあるくらい、信心深い家庭で育ちました。ですので彼の思想の背景にはキリスト教信仰があります。そんなヘルマン・ヘッセの作品の中に『メルヒェン』という短編小説集があります。ドイツ語の「メルヒェン」は日本語では「童話」と訳されますが、この短編小説集の作品は子供向けの童話ではありません。いわゆる大人のための童話です。私も30歳過ぎてからこれを読みましたが、いくつかの短い童話で構成されているので一日で全部読むことができました。その中で私の中に印象深く残っている『アウグストゥス』について紹介したいと思います。

 

少年アウグストゥスは、「誰からも愛される子になるように」という母親の願いが聞かれて、人々に愛されて育ちました。少年の時はもちろん、大学生、大人となっても、常に周囲の人に愛され、欲しい物は何でも得られる人生でした。どんな不道徳なことをしても責められることもなく、大勢の愛人に囲まれてぜいたくな暮らしをしていましたが、ある出来事をきっかけに人生の虚しさを感じるようになります。そして自らの人生を終えようと思い毒を飲もうとしました。その時、アウグストゥスの母親の願いをかなえてくれたビンスワンゲルという天使のような存在が現れ、アウグストゥスの代わりに毒の杯を飲んだのです。そして彼の不幸の原因である「誰からも愛される子になる」という呪文を取り除いたあと、願いを一つかなえるというチャンスを彼に与えました。彼は何も要らないが、ただ人々を愛することができるようにと願いました。

翌朝からアウグストゥスに対する人々の態度はガラッと変わります。彼はこれまで自分がしてきた行いに対して責任を負うことになり、裁判にかけられ投獄されました。あらゆる人が彼の悪事を責め立てました。そしてアウグストゥスは、かつて自分を愛していた人々の誰をも彼自身は愛したことがなかったことに気づきます。

 

出所した時、彼を知る人は、もう誰もいませんでした。病気にかかり年を取った彼は物乞いになります。しかし彼の中にあった空虚と孤独はすっかり消え、代わりに、どんな人を見ても喜び、感動するように変わっていたのです。彼は残りの人生で自分の愛を示すことに決めました。しかし貧しい老人にできることは限られています。そこで小さなことから始めることにしました。他人に対して明るく優しい目を向け、理解しようとしたのです。その後、アウグストゥスはすべてに満足し、世の中は素晴らしく愛すべきものだということを知り、安らかに息を引き取りました。

 

ヘルマン・ヘッセの短い小説を通して、私は隣人愛という聖書の大事な教えをもう一度思い起こしました。「誰からも愛される」人より「誰でも愛せる」人が幸いですね。

 

あなたがたもこのように働いて弱い者を助けるように、また、主イエス御自身が『受けるよりは与える方が幸いである』と言われた言葉を思い出すようにと、わたしはいつも身をもって示してきました。(使徒言行録 20:35)   

          

在主 林 尚俊 

 

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